塙町は福島の最南に位置し、まちの約8割が山林という土地柄。美しいダリアの花が名産で、近年は自転車の聖地としても知名度を高めるまちです。ダリア・自転車の両フィールドで地域おこし協力隊が活躍し、地域活性の機運を盛り上げてきました。

一方で、人口流出は進み、空き家などの課題対策にも手が足りていない状況。今回協力隊に求められるミッションは、この空き家を、自由な発想で活用・再生する「空き家再生プロデュース」です。では、どんな建物を、どんな人と関わりながら再生していくのか?今回のオープンキャンパスは、まちの空気を肌で感じ、まちを支える多くの方と出会って、協力隊として活動するイメージをふくらませるイベントになりました。

※当日は新型コロナウイルス感染症予防対策を行った上でイベントを実施しました。

INDEX
_■1 先輩協力隊員と合流。スタート前からディープな質問タイム。
_■2 「空き家」を視察。アイデアの種が早くも発芽。
_■3 「ふるさとカフェ矢塚分校」で、スタッフのみなさんの想いに涙!
_■4 写真家でカフェオーナーで生産者の、移住者さんとブレイクタイム。
_■5 考える余白を残して、解散。


■1 先輩協力隊員と合流。スタート前からディープな質問タイム。

春の暖かさを感じるイベント当日、スタッフより早く集合場所に現れたのは、参加者のシノさんでした。企業人として働きながら「コミュニティ形成」という新たな道を志し、様々な働き方を視野にフィールドを探している女性です。
続いて、現在塙町で活動する2人の協力隊員が合流。塙町に向かうバスの中で、自己紹介がてら現在の仕事の話を聞いていきます。

(写真)菅野さん
知人にスカウトされて地域おこし協力隊に着任した、元・プロのロードレーサー。東日本初の認定コース「三角形の道」をはじめとするサイクリングロードの開拓や「ツール・ド・はなわ」運営など、町の自転車振興をリードしています。

(写真)岩見さん
2019年に着任。塙町の特産品ダリアの栽培とPRに取り組む協力隊員です。長く農業振興に関わる仕事をしていて、花の栽培・販売を学ぶために塙町へ。手をかけただけ良い花が育つことにやりがいと感じながら、花生産者が抱える課題にも気づき始めたとのこと。

車中は最初から和やかな空気。先輩協力隊員とじっくり話せるチャンスでもあることから、参加者のシノさんが積極的に質問を開始。塙町の生活環境や協力隊の仕事、役場や町との連携について、ぐんぐん掘り下げる時間になりました。


■2 「空き家」を視察。アイデアの種が早くも発芽。

町役場の鈴木さんも同乗し、オリエンテーションを受けながら空き家の視察へ。車窓から見る役場の周辺は、スーパー・コンビニ・銀行・病院が揃い、不便のなさそうな「街」という印象です。ただし、商店街にはシャッターが閉まるお店も目立ち、空き家・空き店舗の活用が求められている背景を実感しました。

「町では空き家バンクや相談会も行っています。協力隊にはそのサポートもしていただきたいですが、主な業務はあくまで空き家の活用で、方法は自由。許可がとれればリノベーションしてもいいですし、誰かに貸して何か始めてもらうのでも、将来的に自分で始めるのも構いません」中心地を離れ、ほどなく目的地に到着。古くからの農家らしいその家は、緑色の瓦屋根に木製の窓という風情のある佇まい。庭に面した広縁や使い込まれた石畳から、ここに暮らしていた家族のぬくもりを感じます。

現地で説明を聞きながら、シノさんにもインスピレーションが湧いた様子。「まだ分からないけれど、これくらい大きいと人が住んでもいいし、就農もできそうだし…古民家カフェやゲストハウスも素敵ですね、人のつながりをつくれそうです」


■3 「ふるさとカフェ矢塚分校」で、スタッフのみなさんの想いに涙!

続いて、バスは山道を上り、秘湯湯岐(ゆじまた)温泉や絵本の舞台「かっぱのすり鉢」を横目に見ながら、標高700mにある「ふるさとカフェ矢塚分校」を目指します。

 

「ふるさとカフェ矢塚分校」

坂の上の広場に両翼を広げる赤い屋根の施設。ここは震災の翌年まで小学校だった建物です。廃校になった後、『何かやんねとしょうがねぇ』と地域の有志が立ち上がり、2017年にカフェとして再スタートを切りました。看板メニューは、地元のお母さん達が手作りする焼き立てのパンやけんちんうどん。立ち上げ当初は赤字続きだったものの、口コミとSNSで徐々に知られるようになり、TV番組で取り上げられた時には『戦後始まって以来の大渋滞』が起こるほどお客様が押し寄せたそうです。

ふるさとカフェ矢塚分校を運営するのは、(一社)矢塚明日香塾。代表の藤崎さんと奥様が、立ち上げの経緯や思いを聞かせて下さいました。

「立ち上げ時には、協力隊の方に足がかりを作ってもらいました。今は、地域の人15〜16名で、土日だけ営業しています。みんな農家や会社勤めなど仕事があるので、無理をしないように、出られる人が出てねという感じ。運営は女性たちが中心で、みなさん輝いています。料理上手な方がいるんですよ。
あとは、毎月15日には地区の高齢者が集まる『じゅうご会』という会を開いていて、しゃべったり、体操したりカラオケしたりして楽しんでいます。この辺は隣の家まで1km離れていたりするので、遠い人は迎えに行ってあげるんです。」(藤崎さん)

「(働く自分たちも)毎週、楽しみに来ています。ああしようこうしようって話し合いながら、みんなで新しいメニューを考えるのが楽しい。儲けを出したいというより、一番は、矢塚地区をなくしちゃいけないという気持ちですね。地域から若い人が減ってるけど、カフェをしたら沢山来てくれます。」(奥様)


中は、小学校の教室そのまま。歴代の児童の作品や掲示物などが残る、懐かしい雰囲気です。パン作り体験やうどん作り体験を開催することもあるとか。(コロナ対策で現在は休止中/2021年3月時点)

 
藤崎さんもこの片貝小学校矢塚分校の卒業生で、お子さんたちが通っている頃はPTA会長でもあったそうです。この場所が、住む人にとって大切な場所であることを感じます。

小学校そのままの姿を残す施設内を見学すると、学校という特別な場への、地域の方々の愛情を感じます。地域資産の利活用という側面だけでなく、コミュニティとしてのカフェの役割も体感できました。


■4 写真家でカフェオーナーで生産者の、移住者さんとブレイクタイム。

最後の目的地は、移住者ご夫妻が営む「Shiro Cafe(シロカフェ)」です。のどかな県道沿いに現れる建物は、モダンなフォルムに土壁の組み合わせという個性ある外観。木製の扉を開けると、ビルトインガレージでベンツのクラシックカーが出迎えてくれました。薪ストーブが設えられた店内の奥に開放的なオープンキッチンがあり、店主の芳賀さんがガトーショコラとハンドドリップコーヒーを用意してくれていました。

 
お皿の上はアートのような美しさ。絶品ガトーショコラをいただきながら、しばし休憩。甘さ控えめの大人味に、深入りコーヒーがよく合う!遠くからもお客様が集まる理由がよく分かります。

芳賀さんは、渋谷にオフィスを構える現役の写真家さん。奥様の実家・塙町で震災に遭い、運命を感じて移住を決めたと、穏やかに話してくれました。
「何ができるだろうと考えて、地域の憩いの場を作りたいと思いました。奥さんはパン作りが好きで、自分も料理を撮る機会が多かった。おいしいパンとコーヒーがあればいいじゃないか、人のコミュニケーションが生まれるんじゃないかと思ったんです。」

「でもね、ここに住むということは、一筋縄ではいかないものです。田舎の人は手強い。奥さんが生まれた場所とは言え、僕たちは新参者なんです。僕は畑もやっているんですが、最初の年、地元の方は遠巻きに見ていて、何か気にされているなという感覚。当時レクサスに乗っていたんだけど、90歳くらいのお婆さんに『そんな車で来るところじゃない』とたしなめられました。それが、3年目には『いい顔になってきた』と言ってもらえるようになり、4年目には『きれいな畑になってきたな』って褒めてもらえた。『どこで勉強したんだい』って、少しずつ距離が縮まってきました。」

さらに、シノさんに向けて経験者ならではのアドバイスが。

「表通りからは分からないけれど、ちょっと裏に入ると空き家が沢山あります。でも、活用するといっても、ただ誰かに貸せばいいというわけにはいかないと思います。住んでいなくても、受け継がれてきたものだから。『貸したら帰る場所がなくなっぺ、うちは無理だ』となってしまう。正論と正義は違うんです。自分の意見を言う前に、まずは聴くこと、見ること。小手先でやっていると、大先輩たちには見抜かれます。中長期で何ができるかを考えて、愚直に続ける、しかないんですよね。
一方で、外から来ると、ここで生まれ育った人が気づいていない良さに気づけます。あなたが、あなたらしい感覚で発信されたら、きっと素敵になると思います。」

 

実際に移住された方の視点に触れ、シノさんも心を動かされた様子。
「地元の方がどう考えるかを感じないといけませんね。経験されてきたことをわかりやすく言語化して共有してくださる芳賀さんのお話、すごく為になりました。カフェに通いたいくらい(笑)。」


■5 考える余白を残して、解散。

集合場所に戻り、オープンキャンパスは終了。解散後、シノさんに感想を聞いてみました。

「実際に活動をされている方にお話を聞けたのは大きかったです。しっかり想いを持って活動されていることが分かったし、来てみなければ分からない魅力があるなと感じました。それと、塙町の空き家活用は、私がやりたいと思っていることにとても近いです。自由度が高いところも自分には合っているような気がします。もちろん町の方のご判断もあると思うので、一旦持ち帰って、私もよく考えたいと思います。」

先輩隊員、役場の方々、地域活性化に力を注ぐ方、移住してきた方…と、多くの方との対話が叶ったオープンイベント。参加したシノさんの聴く力にも助けられて、とても濃厚な時間になりました。

後日、シノさんは塙町の地域おこし協力隊への着任を決めたと言います。このオープンキャンパスがまち・ひととの出会いをつくり、参加者が将来を決める材料としてもきっと大いに役立ったはずです。